
『あの頃ボクは列車に乗って、プラモ買い出し大作戦の巻』
小・中学生の頃、私の生まれ育った宮崎県延岡市には模型店らしき店は3軒しかなく(それも90年代中頃にはおおかた消滅してしまった。今どうなっているんだろう)専門誌に載っている輸入品キットが欲しければ片道4時間近く列車に揺られて鹿児島に行くか、当時都内の大学に通っていた姉をはるばる訪ねる他なかった。


さァ、年に一度あるかないかのチャンスである。乏しい小遣いや温存しておいたお年玉をかき集めて、欲しいものをイカにたくさん買い入れるか……キットの値段を何度も計算して「買い出し作戦」を幾夜も練ったもんである。
そんなこんなで東京まで来て初めて買ったのが、当時はイタラエレイと呼ばれていたこのメーカーのM4A1シャーマンだった。中学1年の時である。


――今回久々に作ったイタレリのシャーマンは、基本はストレイト組みながら、やや奇をてらった仕上がりを狙おうと、いろいろ小細工を試している。昔ながらのキットということもあって、このスタイルはチョット見慣れ過ぎているように感じたもんだから(^^;)
イタレリのシャーマン系列はアイドラーホィールの位置が数ミリずれていると聞くが、これ直してるとタイヘンなことになりそうなのでそのまんま。
熱心に研究された方によれば、シャーマンの76ミリ砲塔の基本形状にはいくつかのバリエイションがあるらしく、どおりで写真によって印象が違うと思った。イタレリのは英連邦軍に貸与された車体に多い、ややスマートなものらしい。そう言えばアンテナポストも英軍仕様のパーツが付いている。イタリアかその近隣国に現存していた英軍仕様のやつを取材して作ったんだろうな、きっと。
まずは手軽なオードナンスのエッチングパーツを導入。各ハッチにはバーリンデンのペリスコープを取り付けたが、あれっ、使用タイプを間違えたかな?
砲塔・車体ともに表面が磨いたようにツルピカなので、リューターの球形ビットで叩き、タルクを混入した溶きパテを塗布した後にスチールウールで撫でて鋳造肌を表現。こういうのはヒトによって方法論が違うところがオモシロイ。今回はちょっとヘヴィーな味付け。キャタピラはタミヤのダックビル付きスチールシェブロン。

……ノルマンディーの頃に、キュリン・デバイス、所謂“ヘッジロウ・カッター”を装着したコレが土手をよじ登っている写真があり、それにエーキョーされてしまった。
キュリン・デバイスをプラ板で自作して取り付け、OD/ブラックの2色迷彩で仕上げた。考証的にややオカシな気もするが、1945年に入ってもヘッジロウ・カッター付けっぱなしの車体がメンテの際にブラックをオーバースプレイしてもらったとお考えいただこう。国籍マークのホワイトスターは、ドイツ砲兵に「ここを撃ってください」と言わんばかりに目立ったので、ODやブラックで塗りツブサレたそうで、モデルでもそんなふうに仕上げてみたが、やっぱりウソでも白い星が描いてあったほうがカッコイイよね。
その他、少しラフな雰囲気のフィギュアを乗せて、キャラクター性を出して楽しんだ。


写真ではシャーマンの型式による“印象”の違いをご覧いただこうと、タミヤのM4A3にもご登場願った。
同じ「改良型」と称される車体の分類ながら、イタレリのA1は丸っこい鋳造車体にコンチネンタルR975C4エンジン、長砲身76ミリ砲装備なのに対して、タミヤのA3は角張った溶接構造車体にフォードGAAエンジンを搭載した75ミリ砲装備型である。
これは電撃ホビーマガジン「アドバンスド大戦略」の記事に登場させたもので、一部に別売のエッチングパーツやレジン製品を加えているものの、ほぼストレイト組みである。
コレが発売されたのは所謂「AFVモデル・冬の時代」で、リリースが発表されたときは飛び上がって喜んだものだ。しかし専門誌ではアニメ系の記事にページがさかれてこのシャーマンが大きく取りあげられることはなく、大変寂しい思いをしたのが今だに記憶に残っている。
※オマケのオマケ
せっかくなので電撃ホビーマガジン「アドバンスド大戦略」の時に作った1:72のM4A3もご紹介シマス。
特撮の遠景用にこしらえたもので、ハセガワの古いイージーエイトの車体を切り刻んで、旧エッシーのM4A1と合体させるという実に要領の悪い方法で作りました(^^;)
タミヤ1:35と比べると、1:72のAFVってこんなにちっちゃかったかなと改めてオドロク。久々のミニスケールだったし、面白かったですヨ。
