"検証"




  いろいろな仕事に手を付けるが、そんな中でドラマ・劇映画以外でも個人的に大変興味をそそられる対象に出くわすことがある。
  何かを「検証する」ことを主題としたドキュメント作品などもそのひとつだ。

  プラモデル……第二次大戦中の航空機や車両のキットを作るとき、当時それはどのように運用されていたのだろうか? と、様々な記録写真や書籍などの資料に目を通すことが多いが、模型をつくるためのリサーチ作業でありながらも、資料を通して歴史的事実に触れ、当時のさまざまな状況の興味深さに目を奪われ、「模型工作の……」という当初の目的を忘れて資料を読みふけってしまうことがある。
  特に、同じ時と場所で起こった事象を捉えた、まったく異なるアングルの写真を別々の書籍で見つけたときなど、それらを突き合わせて詳細に見比べ、ああ全体的な様子はこうなっていたのか!……などと、思わぬ発見をしたように感じて嬉しくなってしまう。

  それと同じような“趣味的探求心”を満足させてくれる仕事に出会ったときなど、何となくふだんの仕事のニュアンスと離れて楽しんでいるような気分になる。

  近年になって、ビデオソフトの主流がVHS――― ビデオテープ ――― からDVDへと移り変わり、本編以外にも様々な特典映像を付加させることができる特性を生かして各社こぞって「豊富なオマケつきDVD」のリリースを始めた。
  その中には、過去に絶大な人気を誇ったTVドラマシリーズなども含まれ、特典映像としては当時その番組に関わった出演者や主要スタッフのインタビューと記録写真を主軸としたドキュメント作品が主流となってきている。

  もともと各種の実地取材や関係者へのインタビューに基づいたドキュメント映像作品をつくることが度々あった私にも、普段お世話になっている配給会社の依頼でそういった仕事を手がける機会が回ってきた。
  過去に高視聴率と長寿を誇った「ある刑事ドラマ」のDVDボックスシリーズのリリースにあたって、特典映像としてわざわざ別途に準備されたディスクに収録されるドキュメント作品の構成・演出を依頼されたのだ。
  子供の頃からブラウン管を通して親しんできたベテラン俳優の方々にお会いして直接お話しをうかがうという素晴らしい機会を得て、なかなか楽しい仕事となった。

  その後、四半世紀前に放映された横浜を舞台にした刑事アクションドラマの特典映像ドキュメントも任され、当時番組を担当されたプロデューサー、脚本家の方々にお話しをうかがったのだが、それと同時に「ロケ地探訪」を試みることにした。
  当時そのドラマが撮影された場所を探ってみようというわけである。
  舞台が横浜……と限定されるからこそ可能となった企画で、これが都内全域とか地方遠征ロケとかになったら短期間で完成させるDVD特典ドキュメントでは無理だったろうが、「全話通して、横浜以外ではほとんど撮影されてない」と場所が限定されていれば、時間を最大限に使ってけっこう濃密な取材が出来るのではないかと考えての企画だった。

  私は記録文学に定評のある吉村 昭氏の大ファンで、発売された文庫本はほぼぜんぶ読破しているが、氏がエッセイにまとめておられる取材の過程、取材対象となる人々とのふれあいなどは大変面白く拝読させていただいており、氏の作品と私の拙い作品を並べて語るわけにはいかないが、せめてモチベーション・アップの意味としてだけでも、氏のように実地の取材に基づいた仕事をしてみたい……などと思い、仕事とは言え楽しんでやらせていただくことにした。

  まずは製作助手のO女史が当時のドラマを観て、特徴的な、そして印象的なシチュエイションの舞台となった場所をいくつかセレクトして、その場所の特定作業を開始した。

  現在では横浜にフィルム・コミッションが開設され、昔に比べれば撮影許可等のアポが取りやすくなっている。O女史がせっせとこのコミッションに働きかけ、25年前にロケがおこなわれた場所の特定を始めた。
  しかし現実にはかなり難しく、同時に興味深い作業となった。
  何せ横浜は「変化」している。当時のままのたたずまいはほとんど期待出来ない。

  例えば「赤レンガ倉庫」。
  駆け出しの若僧ディレクターだった頃、低予算のカラオケビデオをよく撮っていたが、ちょっとしたドラマ仕立てのものを考えてロケ場所に困ると、すぐに「赤レンガ」に行ったものだ。当時は大変古びた建物で、西部劇にでも出てきそうな朽ちかけた煉瓦と錆びついて動かない巨大な扉、壁のあちこちに描かれたスプレーの落書きが印象的な、ともすれば廃退的な雰囲気を醸し出してくれる、なかなかミュージック系ビデオ向きの場所であったのだが、今回10年ぶりくらいに訪れてみると……いやはやなんとも、頭がクラクラするほどの変貌ぶりである。
  当時は廃棄された貨車やトレーラーが無造作に置かれた荒れ地だったのに、今では綺麗に整地された遊歩道と公園になっている。
  建物そのものも、外壁は煉瓦の質感を生かしつつも塗り直され、錆びた扉はガラスとアルミの自動ドアとなり、中にはブランドものを扱うブティックやカフェテリアが入ったお洒落なショッピングモールやイベント用会場に大変身している。
  あまりの華やかさに近づき難いほどだ。絶好のデートスポットとなっている。

  ……これほどまでに変貌した横浜で、四半世紀前のロケ地が見つかるのだろうか?


  とりあえず、ドラマの1コマをビデオプリンタで抜き焼きして写真にしたものを持って、O女史が調べた住所を頼りに現地に行ってみることにした。


  ―― それは横浜の繁華街の一角で、画面後方に写っている小さなアーチから「市場通り」の十字路であるということが判明した。
  それを元にそれらしき場所に行き、抜き焼き写真と周囲の様子をいろいろな方角から照らし合わせてみる。

  ドラマの中で俳優氏が十字路に顔を出し、駆け込んでいく建物は、外壁の赤いレンガ風タイルと窓の大きさから特定出来た。
  しかし、画面に映っている四つ角にある薬局の位置が違う。
  通りを挟んでまったく逆に位置しているのだ。

  これはどういうことなのか?

  恐る恐る薬局に入ると、初老の上品な女性がレジに立っていた。


「お忙しいところ恐れ入ります。ちょっと調べものをしているんですが、お宅様はもしかして以前、通りを挟んだ向かい側にありませんでしたか?」


  ―― そう尋ねると、初老の女性は優しく微笑んで、


「ええ、おっしゃるとおり、向かいにありましたが、改装したので移ったのです」

  と、答えてくれた。
  抜き焼き写真をお見せすると、

「ええ、ええ、これがもとのウチです。こんな写真よくありましたねぇ」

  と、嬉しそうに話してくれた。

  これに気をよくして、ドラマ最終話で、クールな印象の刑事役の俳優氏が珍しくはしゃいでいるシーンに使われた道を探す。

  やはり、画面奥に写っている小さなアーチ、そして電柱の本数から、東西に延びる市場通りの一点を特定することが出来た。

  山下公園などは比較的簡単だった。大きな目標物、氷川丸があるからだ。
  当時、出演者二人が座り込んで掛け合いを展開するテーブル状の石の置物も、奇跡的に当時のままの場所と形状で残っているのを発見し、当時のドラマとほぼ同じキャメラポジションで撮影することが出来た。

  主役二人がクルマで走る、いわゆるドライブショット。
  キャメラは車の真正面からフロントウィンド越しに俳優二人を捉えている。
  この場所はどこなのか……?

  O女史がそのシーンの抜き焼き写真をフィルムコミッションを持ちこんで係の方と相談していると、別の用事でそこを訪れていた地元の婦人が興味深げに写真をのぞき込み、

「この端っこに写ってるのは○×ホテルじゃない? ホラ、山下公園の前の……」

 と、言ってくれたという。

  そこで公園の周囲の道を車で走ると、なるほど確かに画面の左上端に本当に小さく写っている白いホテルが道沿いに建っていた。
  ここだ! というので、ドラマと同じように車で走りながら、後方へ流れていく風景を撮影した。

  よく映画等でも使われた「同潤会アパート」もこのドラマに登場しているが、こちらは取り壊されて現存しない。跡地に行ってみると、美しいビルディングが空に向かって延びていた。

  問題は、根岸の森林公園である。

  ドラマのシーンでは、一面が草地の丘に一本だけ木が延びており、その後ろは、空。
  空をバックに丘の向こうから俳優陣が現れ、駆け下りてくる。

  公園に行ってみると、そんな場所が無い。
  見渡す限り360度「空がヌケる」情景が存在しないのだ。木々と建物に囲まれている。

  本当にここで撮ったのか?
  四半世紀の間に、植林が進んだのだろうか?
  バブルの時期に、各地の公共施設がいろいろと整備されたが、ここもかなり地勢が変わってしまったのだろうか?

  公園内をさんざん歩き回ったあげく、やや小高い丘陵と木が目に留まった。
  年月を重ねているので木は成長して形が変わっているだろうが、この木は幹の二股の別れ具合が当時の抜き焼き写真の木に少し似てはいないだろうか?
  また、抜き焼き写真をよく見てみると、丘の向こうに小さく棒状のものが突き出ているのが、わずかに確認できる。
  これは、この丘の上に見えている放送用スピーカーの支柱ではなかろうか……?

  そんなことを考えつつ、ビデオキャメラをぐっとロゥ・アングルに持っていってファインダーをのぞいてみる。

  「ゴトク」という撮影用具がある。ハイハットとも呼ばれるのだが、キャメラをロゥ・アングルで据えるときに使う、極端に背の低い三脚または台座のことだ。
  恐らく当時のドラマでも16ミリキャメラをゴトクに据えてロゥ・アングルを狙ったであろうと想定して、我々の知っている一般的なゴトクの高さまでキャメラを下げてみる。
そうすると……

  丘の奥に茂っていた木々がほとんど隠れて、空の面積が広くなる。
  四半世紀前では丘の向こうの木々が成長していなかった、もしくは植えられていなかったと考えれば、当時のロケでは丘の向こうは一面空になる。

  しかし、手前の木の位置が微妙に違う。
  これは経年変化による土地の高低の違いか、または植え直されたのではなかろうかと判断して、当時のドラマと似たアングルで撮影してみた。

  ―― こうして撮影してきた収録映像素材を編集スタジオに持ち込み、四半世紀前に撮影されたドラマのワンシーンとオーバーラップ処理してみると……。
  なるほどなるほど! ほぼ、ぴったり位置関係が合い、画面が映画『タイムマシン』のワンシーンのように、一瞬にして四半世紀前の情景から現代のたたずまいに変貌する。
  なかなかの快感である。

  昔の情景と、今を比較する。
  ある現象、事件の前と後を比較する。
  決められた事象の顛末を追う、または後になって精密に「再現」する……。

  そういった行為に、映像は実に向いている。

  模型趣味の世界でも、単に「工作の過程を記録する」とか「特撮めいた仕掛けで模型を使った情景写真をつくる」といったことにとどまらず、何か、映像ならではの特性を生かした楽しみ方が他にも出来ないか? と考えを巡らす昨今である。


(文責:宮本 拓 200305)