"手相"



  夜の9時を回っていたと思う。
  仕事の帰りに新宿で人と待ち合わせをしていた。

  ちょっと時間がありそうなので、露天商の陳列した品物を冷やかしでのぞいたり、道の端に立って煙草をふかしたりしていたのだが、フと、歩道の反対側に点々と並ぶ占い師たちに気づいた。

  しばらく眺めていると、仕事帰りのビジネスマンや女の子たちが入れ替わり立ち替わり、並んだ占い師に近づいて、かなり真剣な表情で手相を見てもらっている。
  けっこうな繁盛ぶりだ。

  普通の人々は、こんなに気軽に手相を見てもらったりするものなのか……と、ちょっと不思議に思ってしまった。

  私は生まれてこのかた、本職の占い師に手相を見てもらったという経験がない。

  元来、占いなどに興味のない私は、手相に対しても古典芸能的な印象しか持っていなかったので、その情景は意外なものに感じられた。


「気分転換に、俺も見てもらおうかなぁ……」


  仕事や人間関係でちょっとウンザリ気味だった私は何となくそんなことを考え、歩道のいちばん端っこに陣取っている占い師……柔和な顔つきの老婆に視線を移した。

  と、そのお婆さんもこちらを見て、本当に優しい目で微笑んでいる。
  その顔を見ていたら、何だか手相のひとつも見てもらわないと悪いような気がしてきて、私も微笑みながらお婆さんにのほうへ歩いていった。

「ちょっと、見てもらえますかね?」

「ハイハイ、どうぞ……」

  お婆さんは私に、小さな椅子に座るようにうながし、左耳に補聴器を取り付けた。

  私は腰掛けるなり、

「女性運を見てほしいんですが……」

  と、言った。
  ホームページに、そんなタイトルのエッセイも書いたな……などと思いながら、なかば退屈しのぎのつもりでそんなことを言ってしまった。

  お婆さんは私の左手を優しく取ると、こう言った。

「ご自分で事業をされていますね。独立されてから何年ですか?ほほぅ、お仕事は熱心にやっていらっしゃいますね。成功するようですね……」

  ―― 私は特に何も言わなかったのに、お婆さんはこういうふうに分析した。
  お世辞にも成功しているとは思えないが、とは言え、まぁ……この時間に、この世代の男が普段着に近いラフな服装で歩いているのである。そこで手相を見てくれと言われれば、きっと事業を個人で行っていて、何か気にかかることのある男だろう……ちょっとした観察力で、そのくらいの予想はつくのだろう、と思った。

  この段階で、お婆さんは私に対して特にこれと言った質問はしなかった。
  私も特に話しかけたりせず、様子を見ていた。


  ……だが、お婆さんは次に、私の手のひらから顔へと視線を移し、ゆっくりと、しかし、はっきりとこう言ったのである。




「いちど別れた方と再会して、またつきあい始めてもうまくいかなかったんですね?」




  私は、口をアングリと開けて、お婆さんの顔を凝視した。

  二の句が継げないとは、まさにこのことだった。

  なぜ、このお婆さんは、私のことを知っているのか?
  このお婆さんに、誰が私のことを吹き込んだのか?
  そう思わざるを得なかった。


「あなたのお名前は?」

「その方のお名前は?」


  ……いくつかの単純な質問に答えた。

「その方とはネ、一時的に親しくなれて関係を持っても、長くは続かないの。気ままな女性だし、本当の恋愛相手は他で探すことになりますね。一年くらいしかつきあえなかったのじゃない?最初に出会ったとき、彼女はすごく大きな問題で悩んでいましたでしょ?」


  ―― 誘導尋問的な質問があったのではないかと、必死にアタマをめぐらせたが、私は名前と生年月日程度しか答えていない。

  けれども、私はお婆さんの言葉で、初めてその女と会った頃のことを思い出していた。

  その当時、彼女はまだ学生で、本意でない大学を辞めて、もっと自分に合った大学の学部に入り直そうと予備校に通っていたが、実家の両親とも激しくぶつかり、兄ともうまくいかず、希望の大学に入れるかどうかもわからぬ状況で、精神的にかなり追い込まれていた。一度食事に誘ったときには、レストランで出された肉料理を口に運んでも、まるでゴムを噛んでいるような、味もわからぬような白けた表情で口ばかりモグモグと動かしていた。

  ……そんな記憶が、パッと脳裏をよぎった。



「あらぁ、その女の方は……」

  そう言ってお婆さんは目を細めた。

  何を言おうとしたのか、その女がどうかしたのか、ひどく気になったが、お婆さんはすぐに話を戻して、私の婚期や仕事に関しての予測や励ましの言葉をゆっくりと口にした。

  ほとんど、具体的な質問は無かったし、ヒントになるようなことも言わなかった。
  シンプルな、そして極端に少ない言葉のやりとりだった。
  お婆さんは、生年月日の関係をまとめた手書きの図表を注意深く見たり、名前の字画を暗算したり、ときおり柔和な笑顔で私の目を見る程度で、不思議と静かな時間だった。

  私は何かキツネにつままれたような、または何か珍しい手品を間近で見せられたような気持ちになりながら、お婆さんの話を聞いていた。

  私は、特撮を使った映像作品を作ったりするときのクセが抜けず、例えばテレビで大がかりなトリックショーが放映されるときなどには、どこかに仕掛けがないか、キャメラの切り替えが不自然ではないか、照明効果で何かが隠されていないか、画面の隅々まで凝視してしまう。
  演出業務に手を染める人間の常で、人々の表情の変化を、つい観察しようとしてしまうクセもある。
  悪癖である。

  ……このお婆さんには、“タネも仕掛けも”無かった。

  呆気にとられたまま15分ほどが過ぎ、去年は厄年だったけれどもこれからきっと良くなっていく、盗難には気を付けたほうが良いといったお婆さんの言葉に送られながら、私は椅子から立ち上がった。


  気配を感じてフッと振り向くと、お婆さんの姿は跡形もなく消えていた。

  ……なァんてことだったら、このお話も出来の悪いショートショートで終わるのだが、もちろんお婆さんはちゃんとそこにいて、小さな行燈に照らされながら、まだこちらを見て優しく微笑んでいた。



「アナタはね、5年くらいで結婚されますよ。お子さんが出来たらまた見てさしあげますから、ぜひいらしてくださいネ」

「ありがとうございます。いつも、ここでお仕事をされているんですか?」

「ええ、私はね、ここでもう46年間、この仕事をやっているんです」



  ―― この言葉を聞いたとき、私にはすべての謎が解けたように感じた。

  このお婆さんは、46年間に渡って人々の手相と表情を観察し、そして人々の占いに「すがる」声を聞きつづけてきた。
  その数は数十万人、数百万人かも知れない。
  お婆さんは知らず知らずに、統計学的に、そして心理学的に、人々の内面的な感情を的確に予測する術を身につけているのかも知れない。
  豊富な経験で、声にならない声を聞くことが出来るようになっているのかも知れない。

  そう思うと、お婆さんの言ったことは当たるような気がしてきた。

  少し、怖くもなった。

  でも、不思議と何か、温かい気持ちになった。




  ―― ほぼ、実話である。


(文責:宮本 拓 200205)