
あまり昔話というのはしたくないのだけれど、昨年の五月の終わり頃に宮崎県の実家にいる親父からかかってきた電話が今だに強く印象に残ったので、つい、書いてしまった。
親父が「蛍」を見に行ったというのである。
大昔、まだ幼稚園にも通わぬ歳の頃、皆で蛍狩りに行った記憶がある。
山間部を流れる小川の近くまで行ったが、何せアキレルほど田舎のこと、夜になるとそのへんマックラ。普段は触ることもない懐中電灯を持たされたものだから、何だか大冒険に出かけたような気分になって田んぼの畦道を大はしゃぎで走り回った。
昆虫採集用の網をブンブン振り回すが、飛び回っている蛍はほとんど捕まらない。葉っぱの影で尾部をぼぅっと明滅させている蛍を手でそっと捕まえたほうが早かった。

それ以来……80年代以降はまとまった数の蛍を見た覚えがない。
時折、ほんの一匹か二匹の蛍が舞っているのを見かけて、今年の夏は珍しいものを見たと思うほどになっていた。
それが……親父はつい最近、実家から車で30分ほど山あいに入ったところで蛍が群生していると聞いて、皆で見に行ったというのだ。
「あんなにたくさんの蛍を見たのは初めてだ」
「とにかく綺麗でな。見飽きないもんだ」
……電話口から聞こえてくる親父の言葉がにわかには信じられなかったが、二度と見る機会はなかろうと諦めていた蛍の群を目にすることが出来るようになったことを知り、嬉しくなった。
尊敬する作家、吉村昭氏の短編で、蛍の養殖を試みる男を主人公にした作品を読んだことがある。
蛍というのはデリケートな生き物で、美しい水や新鮮な食餌はもちろんのこと、気温、水温にも過敏で、なかなか繁殖させるのは難しいものだという事が強く印象に残った。
実家のある町でも、河川の水質を向上させようとする人知れぬ努力が長年に渡って続けられていたのだろうかと考えた私は、ゴム長を履いて川に入り、水を入れた試験管を目の前で振る白衣姿の人々の姿や、環境に配慮した浄水設備の造成に動き回る人々の姿を想像したりして、なぜだか一人、ニヤニヤと笑っていた。
それが呼び水になったらしく、親父との電話を終えて水割りをなめていた私の実用性に乏しい頭脳に、子供の頃からの様々な記憶が甦ってきた。
――「もぐりばし」というのがあった。
“潜り橋”と書く。文字通りの潜水橋で、川が増水すると水面下に沈む、欄干の無いコンクリート製の何とも無愛想な格好をした橋だ。

台風シーズンになると、川は驚くほどに増水して、茶褐色の水流が橋を飲み込む。
川向こうに住む子供たちは学校に来る事が出来ず、「合法的」にお休みとなった。
そんなときは授業を進めても仕方がないので、大抵4時限目くらいで休校。
これが嬉しかった。
数日たつと水量も減り、水面スレスレのところに橋が見えるようになってくる。
しばらく眺めていると、橋の表面をキラキラしたものが流れていくのを見ることが出来た。
魚である。
流されてきた魚が橋の下ではなく、水かさの無い橋の上を横切ると、体が横倒しになって鱗が陽光を浴び、美しく光った。
今でも夏になると、あの鱗の光を思い出す。
―――― 秋、運動会の季節になると、放課後に全校生徒を集めての練習が繰り返される。
当時、運動会と言えば一大イベントで、学校の近くの雑貨店などが出店を開き、お昼の休憩時間には子供たちが群がった。紙と竹ヒゴで作られたゴム飛行機が無数に宙を舞った。
グラマンや零戦などのシルエットを印刷したグライダーも人気だったが、私はすぐ壊れる「賞味期限付き」のグライダーには目もくれず、子供の目にはリアルなコルト・ガバメントのカタチをした銀玉鉄砲や、ゼンマイ動力のプラモデルを買ってもらったりして喜んでいた。
特にプラモデルには目がなかった。
何の番組に出てくるものかわからないようなSFメカ、潜水艦、戦車……その場でパタパタと作っては走らせたりして遊んだが、今頃になって、あれは模型メーカーが独自に作り出した組み立て玩具的なオリジナルデザインの模型だったことを知り、驚いた。
―― 冬が近くなると、つむじ風が運動場に吹き荒れ、土煙がパニック映画の竜巻のように円柱状に延びる。子供たちはその風の中にわざと飛び込んで、大げさなしぐさでおどけて見せたりした。
そう言えば、「霜柱」。
地球温暖化だとか、そこまで大きい話題を持ち出すつもりはないけれど、最近本当に見なくなった。
小学生の頃、高地にある学校まで30分ばかり歩いて通っていたが、耳が痛くなるほどの寒さの中、道ばたに出来ている霜柱をシャクシャクと踏んで歩く感触が楽しかった。
学校まで山を切り開いて曲がりくねった道が作られていたので、その両側には木々が生い茂っていて、一日中木陰になる場所もあり、そこには水溜まりが分厚い氷となってずっと残っていた。それを割って、石蹴りかサッカーのようにコンコン蹴りながら帰る。氷がだんだん丸っこい透明なタイルのようになっていくのを見ているのが楽しかった。

現在、私の住んでいる世田谷・烏山は住宅の周囲に結構広い畑が残っており、今年の冬には久しぶりに霜柱を見かけた。道と畑はフェンスで仕切られていたが、私はフェンスの隙間から手を伸ばして、土を押し上げて3センチほどに伸びている霜柱を手に取り、冷たい感触を楽しんだ。
……次々に昔見た光景が思い出されてきて、際限がなくなってしまった。
イカンイカン、年寄りではあるまいし……などと思ってしまったが、時折手がけるドラマのシナリオなどには、どうしても記憶にある光景が反映されたりしてしまうことがある。
いつか帰省した折りには、そんな想い出の場所をあちこちまわって写真に収めてみようかと思っている。
そんなことを考えながら近所のコンビニまで買い物に出かけると、道路に面した空き地に可愛らしいツクシがいっぱい伸びていた。
バス停での待ち時間の退屈しのぎなのか、OLらしい若い女性がしゃがみ込んでツクシを摘んでいて、歩いてきた私に気づくと恥ずかしそうに微笑んでバス停に戻っていった。
ようやく春が来た。
(文責:宮本 拓 200203)