
春先にこういうテーマで書くと「宮本もついにキタか」と思われそうなので、寒いうちに書いておこうと思う(何の言い訳にもなりゃしない)。
タマには、Hな話をしよう。
私は昔から、わりと「ふくよか」な感じの女性が好きだ。
この「ふくよか」のニュアンスがなかなか難しいのだが、いわゆる「おデブちゃん」というわけでは、ない。それは専門の方におまかせしたい。
私が「いい」と思うのは、簡単に言えば「中肉中背」というやつである。
しかし、女性に言わせるとコレも「太っている」ことになるそうで、彼女たちの「痩せている」「スレンダー」というのは、もうマッチ棒の先に目ん玉が付いているような細さのことを指すようで、あれはあまりにも痩せすぎと思ってしまう。
やはり、ソコソコがいい。
なぜ、痩せ型の女性が苦手なのか?
いろいろ考えてみたら、ようやく幼少の折りのある記憶に辿り着いた。
昔、テレビで観た「強制収容所」である。
アウシュヴィッツなどの強制収容所の記録フィルム。
痩せ衰え、うつろな目をした人々。
あの恐怖感が一種の「トラウマ」となっており、痩せた女性の肢体というのはどうも苦手になってしまったのである。
一般的にスタイルが良いといわれているヒトであっても、胸にうっすらと肋骨の影が確認できたり、背中の中央に背骨の凹凸が浮いていたりすると、モー駄目だ。
それを包み込むような柔らかい脂質が、こっそりある程度のほうがイロイロと心地よい。
それに対応して、顔つきも痩せ型の「キツネ系」よりは「タヌキ系」「アライグマ系」の……つまり「美人」というよりは「ファニーフェイス」をこよなく愛する。
このような事情により、いまだ私は渡辺満里奈あたりがお気に入りだったりする。
――しかしそのような女性が好みとなると、いろいろと“落とし穴”に気を付けねばならなくなることもある。
何年も前の話だが、当時つきあっていた子はそのものズバリの「ちょいふっくら・アライグマ系」だった。
好みに合ったものだから、えらく可愛がってしまって、相手に閉口された。
もっとも、私の「かわいがりかた」というのはいささか常識から外れているらしく、ムード満点の夜景をバックに、愛しているよの一言でも言やぁいいものを、大抵はかのムツゴロウさん状態で、
「あーよしよし!ほぉーよしよし!」
と、あたりかまわず撫でさすり、ひっくり返して顔やら腹やらポンポンやるもんだから、
「動物扱いしないでっ!」
と怒られることしばしば。しかし癖なのでやめることができない。
このような具合で私なりに(やや方法が奇異ではあるものの)愛情を注いではいたのだけれども……ひとつだけ、大きな誤算があった。
重いのである。
彼女は学生時代、いろいろとスポーツをやっていて、内容物の密度が高いというのか、見かけよりも重量があったのである。
ちょっとカッコつけて「お姫様抱っこ」ってやつですか。
アレをしてやろうとしたら……俺、腰イッちまうかと思ったもんよ。グキ! とか言って。
でも、作り笑い。
で、男女関係であるからして、まぁ、ソノヨウナ状況にもなってしまうわけであるが、その際、これまた好奇心(ムダに)旺盛な私としては様々な「カタチ」を試みてしまう悪癖があり、運動不足で硬くなったアチコチの関節をグキグキと軋ませつつも、あれやこれやとチャ〜レンヂしつつ、そんな中でも……「座位」っていうんですかね。向かい合って座るようにして、抱っこするかたちのやつ。
アレを試みると……また重みぃんだよコレが。
昔の時代劇で奉行所に引っ立てられた下手人(げしゅにん)が、拷問で膝の上にデケぇ石を何枚も乗せられて、
「えぇい、吐け、吐かぬかぁああっ!」
「うぅっ、旦那、あっしは本当に何もぉっ、ふんぬぅうううっ!」
……みたいな。
あの、下手人状態である。
決して罪を犯してはならぬと痛感する。
――それ以来、つきあいたい女の子を選ぶ基準としては、従来の「ちょいふっくら・アライグマ系」と「性格が楽しい」に加えて「やや小柄で軽量そう」というポイントを加えることにした。
もっとも、コチラがそんな基準を設けたところで「ナニサマだよ」ってなもんで、私がアチラさんの基準に合わなければ交渉も成立しないわけである。
この際、こちらサイドの基準を取っ払ってカムカムエブリバディー状態にしておいたほうが、確立は高いのかも知れないなぁと、30代半ばにして独身の私は遠い空に視線を泳がせつつ、しみじみと思うのであった。
(文責:宮本 拓 200201)