"携帯電話"



   2002年が明けました。
  今年も宜しくお願い申し上げます。

  新春第一弾の更新はゼヒ新作モデルで……と意気込んでいたのだが、なかなかそうもいかない。
  とりあえずはエッセイを書いてみることにした。
  せっかくだから、この年末年始にちなんだ話題で書いてみよう。
  ……でも、ちっともたいした内容じゃあない。



  数年前……と言ってもまだPHSすら実用試験段階で、高校生が手軽に携帯電話を持つなんて夢の又夢だった10年近く前のお話である。
  そのとき手がけていた仕事の性格上どうしても遠方から頻繁に連絡をとる必要に迫られて、携帯電話を購入した。
  当時はドえらく高価なシロモノだった。
  そこで、携帯の工場か何かにコネのある知人を頼って「卸価格」で売ってもらったのだが、それでも8万円以上したと記憶している。

  それを後生大事に長く使っていたが、5年以上経ってついにアチコチ痛み始め、清水の舞台から飛び降りるつもりで買い換えてみたら、いろいろな機能満載で1万6千円! 
  あまりの低価格に驚いたが、周囲からはそれでも「高い、高い」と言われた。
  携帯の単価は私の想像以上に落ちていて、学生でも手軽に買える程度になっていたのだ。
  浦島太郎のような心境だった。

  まるで超小型パソコンを持ち歩いているのかと思えるほどの多機能で、電話にパソコンがくっついているのか、パソコンのオマケで通話が出来るのか、ワカラナイ。

  それでもオモチャがわりに使ってみると、小型軽量だし、便利というよりも面白くて、しばらくはイイ歳こいてはしゃいでいた。
  オレは機械オンチで不器用だと思っていたが、訓練とはたいしたもので、iモードの使い方やメールの打ち方もほどなく覚えた。
  私も一応「学習する動物」だったかと思いホッとした。

  ――ところが2001年の秋頃、うっかり携帯の料金を払い忘れて通話が出来なくなったのを機会に、思い切って解約してしまった。

  携帯を持っていないというと、今では物凄く珍しがられる。
  いやはや、尋常ではない普及率である。

  そんなご時世の中、私がなぜ携帯を解約したのか。

  つまるところ「思ったより役に立たず、しかもウルサイ」と感じたからだ。

  オモチャとしてはけっこう楽しいが、果たして仕事の面でどれほどの役に立っているのか、疑問に思えてきたのだ。
  昔は携帯なんぞ無くたって仕事はスムーズに回転していたわけだし、なぜ今になって右も左も「携帯」なのか?

  仕事の打ち合わせの席で携帯が鳴り、それに出てしまうのは、今そこで打ち合わせをしている先方に対して大変失礼に感じる。

  自分がそうされても、

「今は俺と向き合って仕事の話をしてんだろ? だったら他の電話に出るなヨ」

  と、思ってしまう。だから打ち合わせ中は必ず携帯を切っている。

 ロケ先やスタジオでの編集中も、妙に気が散るので必ず携帯を切る。

  運転中は電話を取れない。

  電車の中でも電源を切っておくのがエチケット。

  地下鉄だとホームでも電波が届かない。

  ……では仕事の合間、地上を歩いて移動中に携帯に出たしても、その場で仕事の突っ込んだ話ができるかと言えば、そうではない。
  移動の途中に携帯が鳴っても、その場に仕事道具一式抱えて歩いているわけではなく、

「了解しました。帰って連絡しますから、そのとき詳しく……」

  てなもんで、作業は帰宅後になる。
  モバイルを持ち歩いていれば多少は違うのだろうが、こちとらそれだけで事足りるような商売をやっていない。
  何かやるとなると、山のような資料とにらめっこしながら構想を練って、場合によっては絵コンテも描く。
  流石にこれはパソコンはやってくれない。
  帰って仕事机の前にドッカと座り、資料の山や「ネタ帳」に使っている走り書きのノートを穴が空くほどニラミつけ、一服つけて腕組みするところから始めなければ、仕事にならない。

  ……結局、一日の大半は「携帯がつながらない状態」で、やっとつながったと思ったら自宅にいるとき……てなことが、あまりにも多い。

  そんな状態だから、ここ数年「宮本の携帯はいつかけてもつながらない」とブツクサ言われ続けたのにホトホト嫌気がさしてしまったのである。
  なかには、仕事の進行に自信が無いのか、何が不安なのか知らないが、携帯で手軽に捕まるのをこれ幸いと、同じコトの確認を何度も何度もかけてくる人までいる。これにはいい加減ウンザリである。

「もう、やーめた!」
  思い立ったらけっこうトットコやるほうである。残りの料金を支払ってサッサと解約してしまった。


 そんなこんなで数ヶ月過ごしていたが、2001年の暮れになって、ついに携帯を復活させることになった。

 いや、なってしまった。

  ――我々の仕事にはもともと「定時」というものがない。
  料金の決まっているスタジオの使用予約などがしてある場合は違うけれど、たいていの作業では、ある程度の予定は決めておくが、打ち合わせに入ったらソコソコの結果が出るまで終わらないし、撮影等も天候やロケ場所の環境によって予定より早く終わったり遅くなったりで、かなり不安定である。
  そんな状態だから、仕事の後にプライベートな約束をしたりしても時間をズラさなくてはならないことが頻繁にある。

  そんなとき……つまり今の仕事場から別の仕事場へと移動するときや、仕事からプライベートな時間にシフトする際の連絡をスピーディーに行うためには、商売柄、携帯が不可欠だということを痛感したわけだ。

  それと、もうひとつ。
  情けなくも12月に入って極度に体調を崩し、通院を繰り返したり部屋で一日中寝込んでいたりで音信不通になることが多く、仕事仲間に心配をかけてしまったのである。

「いや〜タクさん、打ち合わせに向かう途中で倒れちまったんじゃないかと思ってハラハラしちゃったよ」

  この一言が、決定打である。

  とにかく、自分を信頼して仕事を任せてくれているヒトがいる。
  心配してくれているヒトがいる

  ……こりゃあ、これ以上迷惑をかけては申し訳ない。とりあえずいつでも連絡がつくような態勢だけはとっておくべきだ……そう思い直し、携帯がキライだなんて言っていられなくなったのである。
  世の中便利になるのはいいが、こういうところで気を使う必要が生じてくる。
  つまるところ、猫に鈴をブラ下げるようなもんで、
「オマエいつも何処にいるかわからんから、携帯くらい持っとけ」
  てなコトである。

  とは言え、親しい人々から携帯がかかってくると、確かに嬉しいもんである。
  携帯復活以降、すぐに「携帯のある生活」に馴染んでしまった。

  ――話が横道にそれてしまうが、世の中便利になり過ぎて、プライベートを楽しむツールによってプライベートが喪失していくような気もしている。

  最近、手軽に画像を送れる携帯が登場したが、近いうちにSF映画に登場する超小型テレビ電話のようにまで進歩すると言う。

  ……下世話な話だが、以前ラブホテルに入ったとき、思わず笑ってしまった「仕掛け」があった。
  ベットの上方のパネルを操作すると、有線で音楽やラジオが聴けたりするわけだが、そのチャンネルの中に

「駅前の雑踏」
「オフィスビル内の音」

  なんてぇのがある。
  つまり、浮気だとか不倫のカップル、または親に黙って「お泊り」する若いカップルが家人に電話するとき、それを鳴らして「アリバイ工作」するものらしい。
  恋人とホテルに入って半裸でいながら、受話器を取って
「今まだ会社なんだけど、遅くなりそう……」
  とかなんとか言っちゃうわけだ。
  そのホテルだけかな? と思っていたら、けっこうあちこちのホテルで見かけるので、思ったより一般的なものなのだろう。

  しかし携帯がテレビ電話の機能まで持ち始めると、このテも使えなくなる。どうするのか……?

  例えば簡易クロマキー合成機(いわゆるブルーバック合成)や超小型アルチマット(高解像度合成システム)でも内蔵しておいて、ホテルの室内でキチンと服を着て演技する自分の上半身と「駅前の情景」「ビルのエントランスホールの情景」なんてのを背景に合成してゴマかすのだろうか?
  キャメラが手ブレで動いても追従して合成してくれる、コモーション等の高度なソフトが次々に開発、アップデイトされている昨今である。
  コレは、不可能ではなかろう。

  まぁ、そんなコトに心血を注ぐ酔狂な技術者がいればの話だが、パソコン等のハード、ソフトの普及の原動力は結局「エッチ系」のものに対する一般消費者の欲求が原動力となった、というようなコトを聞いた憶えがあるので、そのうち驚くほど高度なソッチ系のサポート技術が開発されるかも知れない。

  とは言え所詮は機械がやるコトである。色恋沙汰は人間のヤル事。どうやったって限界があるので、バレそうな浮気や不倫はしないに限る、ってことかナ。

  ……新年早々、オソマツでした。

(文責:宮本 拓 200201)