"人間の目"



  昔、こんなことがあった。
  私は映像関係の専修学院に籍を置いていたが、あるとき、松竹でベテランのライトマンとして活躍されていた照明技術協会のM先生が講義をしてくれることとなり、それならば先生にいろいろ教わりながら、ミニチュアセットを使った夜景の撮り方を実験してみようということになった。

  ステージいっぱい……と言っても15畳ほどだが、平台の上にミニチュアをレイアウトしていき、まだ都庁が建っていない頃の新宿の町並みを再現した。
  奥の高層ビルが1:100、その手前が1:50、キャメラ側は1:35と1:25で、ナメもの(レンズ手前に置いて奥行きを強調するもの)は1:10くらいのスケールのもを用意したと記憶している。

  M先生のご指導のもとライティングもかなりいい感じで決まり、ビデオ収録とは言え、なかなか量感のある夜景がモニター画面上に現出した。

  しかし、何かひと味足りない。

  そうだ、キャメラ手前の道路に路駐しているクルマを置いてみようということになり、後輩が1:24縮尺のプラモデルを持ってきた。
  シルバーのスカイラインで、フロントウィンドゥに車検のステッカーまで貼ってある、なかなか精密なモデルだった。

  ところが、まったくリアルではない。オモチャにしか見えないのである。我々がよく目にしている夜景と、何か違う。

  すると、ステージを覗きに来ていた先輩のK氏がフラリと倉庫のほうに行き、撮影用にストックしていたオモチャのスカイラインを持ってきた。
  古びた玩具屋の店頭に無造作に置かれているようなブリキ製のやつで、大きさはだいたい1:12くらいだろうか。ちょっとリアルにしようとしたのか、木片を削って作ったようなフェンダーミラーがくっつけてあるだけで、どうひいき目に見てもオモチャである。
  先輩は、セット上に置かれていた精密なスカイラインのモデルを鷲づかみにして取り払うと、持ってきたオモチャのスカイラインをトン! と置いた。

  ……我が目を疑うとは、このことである。呆れてしまった。
  夜景が、本物に見え始めたのである。

  スカイラインは縮尺もデカすぎるのだが、広角レンズによる画面の「歪み」によって、パースが狂っていることがほとんどわからない。大きなボンネットやドアいっぱいに、街灯に仕込まれた豆電球やビルの窓明かりを反射しつつ、必要以上に存在を主張することなくセット内の風景に溶け込んでいる。

  プラモデルは、いくら精密に出来ていてもインジェクション成形によるプラッスチック製品である。ブリキのオモチャは、実物のクルマのように薄い金属板をプレス加工して作ったボディーに、塗料を厚塗りして仕上げてある。
  その「表面反射」が、我々が見慣れている風景と合致していたのだ。
  街中の様々な「光源」をボディーに反射させ、プレス特有の表面の「うねり」によって光の形を変形、分離させたたたずまいが、「本物」を感じさせてくれたわけだ。


  “光の質感”というのは非常に重要である。

  夜景の例を示したが、今度は逆に「太陽光」のお話。


  私は中学時代から8ミリフィルムを使ったミニチュア特撮に親しんできたが、ときとして太陽が力強く味方してくれることがあった。

  見た目、あまり精密ではない出来映えのミニチュア建築物であっても、天気の良い日を選んで庭に持ち出し“露天”で撮影すると、不思議なほど本物っぽく見えてくれる。
  ミニチュア表面の凹凸に呼応して太陽光線が作り出す「光と影」が、本物の建物の「光と影」と同じもの……遠距離に置かれた単一光源からの直線的で、しかも豊富な光量によってつくりだされる陰影が、実物とミニチュアでは酷似しているため、ミニチュアが実際の造作以上にリアルに見えるのである。


  プラモデルを趣味としていて、ご自分の作品を上手に写真に撮りたいと思っておられる方は、とりあえず「屋外」で撮影することをお勧めしたい。
  特に初春や初冬、また夏であれば午後3時以降の、やや日が傾いた時間帯。真上に太陽があるよりも、やや傾いたくらいのほうが、自然と影が“演技”をしてくれて、ミニチュアと言えども情緒のある写真を撮ることが出来る。

  ただ、これには大きな弱点もあって、最近では「太陽光下で撮るとリアルなミニチュア写真が撮れる」ということ自体をご存じの方も多く、ただ露天で撮っただけでは逆に「シロウトっぽい」写真、ちょっと見にリアルでも、お手軽に撮った写真と解釈されることも少なくなくなった。
  出来れば、発泡スチロール板やアルミフォイルを使って簡単なレフ板を準備して、少しだけ光をコントロールしてあげれば見違えるような写真になる。


  こんなこともあった。
  夜のビル街上空を飛ぶヘリを「ヒキ」の絵で撮る必要が出てきた。
  ローターが回転して、ナビゲイションランプが点灯するプラモ改造のミニチュア・ヘリをピアノ線でぶら下げて見た。

  これがまた、どうも本物っぽくない。説明的過ぎる。

  そこで照明を変えて、空をほとんど真っ黒にしてみた。
  そしてセットの上からヘリを取り払い、黒いガムテープでグルグル巻きにした15センチ程度の角材に豆電球と点滅回路をくっつけて、セットの上からブラ下げて見た。

  電球付きの黒い角材をゆっくりと動かしてみると……ほとんど、本物である。
  これで編集時に「バタバタバタバタ!」とヘリの効果音を入れればOKというこになり、喜んでキャメラを回した。


  もうひとつ。
  これは模型好き、写真好きの方ならばお馴染みの方法だと思うが……。
  映画に使う小道具として、洋上を漂う潜水艦を上空から写した、古い写真が必要になった。
  当初、撮影用プールを組んで1メーターほどのミニチュアを浮かし、送風機で波を立てて撮影しようと思っていたが、どうもうまくいかない。

  そこで20センチほどのプラモデルを用意して喫水線から下をノコギリで切りとばし、クシャクシャにした青いセロファン紙の上に乗せた。そして潜水艦の周囲の白波を表現するために塩を巻き、筆で波と「航跡」の形を整えた。波が盛り上がっているところは、塩だとサラサラしすぎているので砂糖を盛りつけてみた。

  これを撮った写真を、粒子のザラザラした感じと白黒の雰囲気を出すためにコンビニで10円コピーして、さらに古さを出すために薄茶色のスプレーを軽くかけてやったら……50年ほど前の「Uボートを写した写真」の出来上がりである。



  ―― チョット言葉がいやらしいが、要するに「人間の目」というのはその程度のものなのである。

  例えミニチュアであっても、そこに存在するものの「量感」「質感」そして、自分の置かれている実際の環境との「記号的な類似」が、ホンモノとは違うものであっても人間の目にいちばん大きな説得力を与えるということを痛感する。


  現在ではパソコン上で様々な画像処理ができて、一昔前のハリウッド製SFX映画バリの絵が自宅で作れるようになってきたが、それでも所謂「現場処理」すなわち撮影現場で、実際に存在する“立体の物質”を工夫しながら使用してつくる絵柄の「力感」「存在感」の価値は失われていないように思う。


  パソコンとフォトショップを入手以来、多少はハイカラなこともしてみようかと様々な特撮めいた画像処理を試み始めてはいるが、今だに基本は「現場処理」である。

  模型を撮る際は、その車両なり航空機なりを単体で撮って、後で地面や背景などを合成するのではなく、できるだけ撮影時にディオラマやミニチュアセットの要領で周囲の環境まで作り込んだものを撮影しておき、その上で足りない要素――――ホリゾントだけでは広がりの足りない背景、現場処理では難しい煙やライトの光芒――――といった要素や、古いフィルム調の画質の効果などをパソコン上の処理で加えていく……。
  言わばちょっとした「ダマシ絵」風の絵作りを目指したいと思っている。


  これは模型趣味の一環としてのミニチュア写真のみならず、本職の映像制作のほうでも同じ気構えを保つようにしている。

  特撮ショットが必要になった場合、やや手間はかかってもデジタル処理に頼る前に出来るだけ現場で作り込んで、被写体そのものをデジタルで作るのではなく、「効果を足していく」という考えでデジタル技術を活用する、と言う方向性を好む。


  やはり「実際に存在する立体物」の力は、なにものにも代え難いものがあると痛感しているのである。


  そんなこともあって、人間の騙されやすい「目」には、いつも感謝している



(文責:宮本 拓 200110)