"とらつぐみ"



  今でも、あの鳴き声は耳の奥に残っている。
  確か中学生の頃だったと思う。夜の9時を回った頃、外から奇妙な音が断続的に聞こえてきた。
「ひょおう……ひょおう……」
  金属的な響きのある、気味の悪い音だった。
  最初に反応したのは、母である。居間で一人で座っていて、聞こえてきた音に不安感を覚えたらしい。

  親父と私は好奇心に火がついて、懐中電灯片手に外へ出た。
  今まで聞いたこともないような音である。まだまだ子供だったので、これは世紀の大発見につながるのではないかとドキドキした。「これはUFOの発する電子音かも知れない」なんて、無邪気なことまで考えていた。
  うちの隣りは広めの空き地になっていて、夜になると駐車場がわりにクルマを停める人がいた。もしかすると、そこで誰かが無線か何かでやりとりしていて、その機械の発する音ではないかと思ったりもした。

  ところが、周囲を見渡しても人っ子一人いない。
  相変わらず鋭い金属音は聞こえてくる。が、注意して聞くと、それは地上からではなく上空から響いてくるように思えてきた。しかも、何か旋回しているものから音が発せられているように、音が、回る。

「鳥じゃないのか?」
  と、親父が言った。
  ……鳥? よく「鳥目」などと言うが、夜間ひんぱんに飛び回る鳥なんているのだろうか?
  夜、飛翔できるほど視力を発揮できる鳥というのは、フクロウなどのごく限られた種類しかいないのではないだろうか……?
  その日はかなり遅い時間までこの音が鳴り響き、正体不明ということもあり妙な胸騒ぎがして、眠れない一夜を過ごした。

  ―― 高校生になった頃、動物関連の新聞記事に目を通していた私は、思わず声をあげた。その記事は「ぬえ」という鳥に関して触れていた。
  「ぬえ」は「鵺」と書く。スズメ目ヒタキ科ツグミ亜科、「とらつぐみ」の別称である。
  翼長15センチ程度の素朴な可愛らしい鳥で、日本、中国の低山帯の林に生息し、冬季には南下する。夜間、口笛のような鋭く寂しげな声で鳴くという。

  あれは、鵺の声だったのか。
  数年に渡る疑問が氷解したような気分だった。

  鵺は、『古事記』や『平家物語』にも登場する。
「鵺は深山にすめる毛鳥なり。源三位頼政、頭は猿、足手は虎、尾はくちなわ乃ごとき異物を射おとせしに、なく聲 鵺に似たればとて、ぬえと名づけしならん……」

  あの不安感や寂寥感を刺激する独特の鳴き声が、当時の人々の素朴な想像力をかきたてたのだろう。平安時代に近衛天皇を悩ませた鵺は、頭が猿、手足は虎、尾が蛇の怪物として表現されている。フクロウ、夜鷹など、夜間に飛ぶ鳥は「人の死を予告する不吉な鳥」と思われていたようで、中でも寂しげな声で鳴くトラツグミは人々に忌み嫌われて、妖怪として扱われたのかも知れない。実際、現代社会で生活を営んでいる私たちでさえ、あの声を聞いたときにはかなり強い不安感を覚えた。
  今ならもっと冷静に鳴き声を聞けると思うのだが、残念ながらあの夜以来、再び鵺の声を聞いたことはない。

  ―― 不思議な現象を扱った映像作品のシナリオをまとめるとき、どうも「単なる心霊現象」ということですますのが嫌いなタチである。
  10年ほど前、低予算の怪奇ものVシネマの監督をまかされたときも、ある洋館に集った人々が心霊現象によって互いに殺し合うとか、お盆の海に入った若者たちが霊によって海中に引きずり込まれるといったシチュエイションに何の説明もなされていないシナリオが気に食わず、私は個人的に「集団幻覚」的な何か……少しでも納得できそうな材料の提示を求めたが、聞き入れられなかった。ちょっとした怪談のビデオなのだから、怖ければそれでいいヨ、といった具合だった。

「オバケならオバケでいいじゃないか、まったく夢のないヤツだ」なんて言われそうだが、
  なんでもかんでも単に「心霊現象」という言葉ですましてしまうほうがよほど夢が無い。
  それならば本当にゾッとする、各方面の専門家が集って検証しても説明のつかないような「見事な」心霊現象を再現したいと思うし、そうでなければ、単なる品のないタネ明かしではない、現実の社会でも充分起こりうるような、「この怪奇現象は、実際はこういうことだったのだ」と納得できる“裏付け”が欲しいと、いつも思う。
  そんなことを考えるのは、高校のときに鵺の記事を目にして、中学時代の「怪音事件」の謎が解けたときの驚き、感動が、今だに忘れることが出来ないからかも知れない。

  ……熱帯夜のつづくこの夏。
  イヤハヤ、たまには涼しくなるような「チョット怖いお話し」をと思って書き始めたら、あらぬ方向へ進んでしまった。これではちっとも涼しくならないネ(^^;)

  最後にひとつだけ。
  海に引きずり込まれていく若者を撮った編集前のビデオ素材に何かが写っていたのを、私は忘れることにしている。

(文責:宮本 拓 200108)