先だって久々に模型誌で“大物”の作例を担当した。
モチーフとなったのはGIジョーサイズと言えばいいのか、1:6という巨大なサイズのジープである。
精密さを売り物にするプラモデルとは根本的にジャンルの異なる「トイ(玩具)」なので、それに手を加えていかに模型として面白く仕上げるか、試してみようという企画である。今回の企画の仕掛け人であり、長年に渡ってミリタリーモデリングシーンのトップで御活躍中のK氏がキューヴェルワーゲンを、そして考証と工作精度に定評のあるS氏がフルディテールアップしたジープを担当しているので、どちらかというと私のはオマケであるが、時間不足に苦慮したものの、めったにない機会なので楽しんでやらせていただいた。
K氏のキューヴェルワーゲンは、デザイナーの方らしく車両自体をディオラマベースと見立てて、様々な手の込んだ小道具を全体にわたってレイアウトし、エンジンはもとより各所を精密に作り込んだ「立体絵画」とも言える作品だった。
S氏のフルディテールアップ・ジープは、ご本人が常々「自分は芸術家肌ではない。模型はインダストリアルデザイン・イラストや図面に近い、実物を緻密に縮小化したレプリカとして楽しみたい」とおっしゃっている、まさにそのテイストを反映して、これが元はオモチャなのかと目を疑うほど緻密な仕上がりの精巧なレプリカ・ジープとして仕上がっていた。
―― 私は「トイの持ち味を生かし、簡単な改造と小道具の活用でいかにかっこよく手軽にドレスアップするか」という方向性で仕上げてみた。
結果的に、三者三様の個性、作風が、巨大な車体いっぱいに反映されて興味深い記事となったように思う。
「自分の性にあった作り方をするのが、いちばん楽しい」
……そんなことがこの特集自体から感じられて、良かったと思う。
いつも言っていることだが、同じアイテムを同じ縮尺で模型化しても、模型メーカーによって雰囲気のまるで違うキットになることが多い。これを嫌がるシビアなマニアの方もいて各社のパーツからベストと思われる形状をしたものを吟味して集め、様々に組み合わせて自分なりに“決定版”と言えるようなモデルを完成させることもよく行われる。これはこれで「自分の求めるカタチを追い求める努力をしている」わけで、立派な趣味の楽しみ方だと思う。
だが私個人の楽しみ方はいささか違っていて、「同じものを縮小する感覚で模型化しているのに、メーカーによって雰囲気が違う」ということ自体を、本当に面白く感じる。
別項ではこれを「海外の小説を翻訳すると、訳者によって味わいが違ってくるのに似た面白さ」と表現したが、「同じ風景を精緻な画風で写生しても、描く人によって味わいの異なる絵に仕上がる面白さ」とも言い換えられると思う。
キットによっての「持ち味」の違い、というやつだ。
また、同じプラモを作っても、工作のしかたや塗装方法、様々なアクセサリーパーツの使用方法などに作り手の個性が大なり小なり完成した姿に反映されて、まったく違った持ち味の作品に仕上がることが多い。これは「うまい」とか「へた」とかを突き抜けたところにある、世界で一人の、その作り手本人だけが持っている、世界でひとつの「持ち味」の魅力である。
―― キット自体の「持ち味」と、作り手の「持ち味」がうまくフュージョンした作品というのは、本当に見ていて飽きない面白さ、楽しさがある。
私はそれを大切にしたいと、いつも思う。
例えば「動く」ことも「動かない」ことも、そのキットの“持ち味”だと思っている。
モーターライズのキットを買ってくれば素直に走らせて楽しむ。ディスプレイキットは丁寧に作って観賞する。
逆に、せっかくのモーターライズキットの動力を外してディスプレイで仕上げようと思わないし、ディスプレイキットに無理して動力を組み込むようなこともしない。そのまんまである。
確かに、「これ、モーター入れるスペースのぶん、実物にあるディテールが省略されているなぁ」とか「これが走ると楽しいだろうなぁ」と思うこともあるが、「まぁ、無理することもないか」と、キットのまんまスラスラ作ってしまう。
よほど気になれば、ちょっとばかしプラ材を貼り込んだりスクラップパーツを利用したりして雰囲気アップの小細工をすることもあるが、イタズラ程度のことである。
これを「受動的すぎる」と捉える方もおられるだろう。
メーカーの品の「持ち味」ばかりを尊重して、自分なりの工夫をしていない、個性のない人間だと思われるかも知れない。自分で思っているほど熱心なモデラーでもないのかも知れない。
――しかし、どうだろう? このサイトに載っている私の作品は、すべて今まで書いてきたような考え方で作られているものばかりだが、「個性が無い作品」ばかりだろうか?
自分で見ても、お世辞にも上手な作品ばかりだとは思わぬが、少なくともヘタなりに個性は発揮出来ていると思っている。
模型趣味の楽しさ、魅力は「作り手の自由度の高さ」だと思っている私は、こんな楽しみ方も間違っていないと信じている。
それに従うことによって楽しさが増す「ゲームのルール」というのならばいざ知らず、せっかく楽しもうとしているものにいろいろな「手枷足枷」が加わると、物事は途端につまらなくなる。その人なりに、自由に楽しむのがいちばんいいし、ストレス解消、生活の潤滑油としての趣味の役割を考えると、この自由さは大切な要素だと思う。
なかには「いろいろなことを誰かに決めてもらわないと、手がつけられない」という人もいるだろう。そんな人には、ルールを決めてあげるのではなく、自由に楽しめることの面白さから教えてあげるのがいいのではなかろうか? 大変に難しいことではあるけども。
模型趣味というものをもっと「大人の趣味」として認めてもらいたい。また「もっと子供たちにも模型を楽しんでもらいたい」とも思っている。老若男女誰もが手軽に楽しめ、いくらでも個性が発揮できる作品づくりの趣味として根づいてくれればと思う。
そのためには、模型趣味のいちばんの魅力である「作り手の自由度の高さ」という面をもっと訴えるべきではなかろうかと、常々思っている。
(文責:宮本 拓 200107)