"先入観"



  20代の後半に入るまで、私は「センニュウカン」を「先入感」だと思っていた。
  「先入観」だと気づいたときには驚き、無知を恥じたが、その意味から言って「観」という字を使うのは当然のことで、何となく日本語の奥深さを感じたようにも思った。

  ――もう何年くらい前からかはわからなくなってしまったが、私は個人的に「先入観」とか「固定観念」といったものを心底嫌うようになった。
  仕事でもそうだし、模型や映画などの趣味に関することであっても、先入観や固定観念を持ってしまうと対象物の真価が見えず、正しく評価出来ない。結局ロクなことにならないということをいろいろな経験から痛感したからだ。多少は大人になったということか。
  そんなこともあって、根拠のない先入観、固定観念でものを判断している人の話を聞くと、気分を損ねるどころかひどく苦痛を感じるようになってしまい、思わず「お言葉をかえすようですが……」ってなコトを口にしてしまう。
  なかには「自分なりのポリシー」とか「自分の意見を主張する」ということと「先入観や固定観念からくる判断」というものを取り違えている人がいて、困ってしまうこともある。

  ――Pさんは、模型店を経営している。開店直後は、自分なりのポリシーを持って商品を扱っていきたいと意気込んでいて、私も客として応援していた。
  アメリカ製のM41ウォーカーブルドッグという戦車があるが、あるときこの戦車のプラモデルが話題に登った。今から40年近く昔にB社の発売したM41戦車のプラモの宣伝広告が当時の雑誌に載っていて、それを目にしたPさんは物珍しさも手伝って絶賛していた。私も古典的なプラモには興味があるので、いろいろ思いを巡らした結果、それが米国R社の発売したM41と類似していることに思い当たり、当時は国産プラモの黎明期でもあり、日本のプラモメーカーが欧米の優れたプラモを参考に商品開発することも多かったようだ、といった説明をメールでPさんに送った。
  するとPさんは、
「私はその古いB社のM41がT社のものより戦車らしい存在感があると思って評価したんです。T社のは、M41らしさが全然出ていないし、プラモデルとしての面白みがありませんから……」
  ……と返信してきた。
  T社はその品質に定評のある、歴史の長いメーカーである。T社のM41はなかなかの好キットで、私は過去に自主映画用ミニチュアも含めて5つは作っている。
  Pさんの思いがけない言葉に私は再び、
「T社のM41も古いキットですが、作ってみると時代を感じさせない名作で、プロポーションも的確に実車の特徴を捉えていますよ」
  と伝えた。ところがPさんはそれが不満らしく、長くT社のキットに親しんできた私から見るとどうもポイントがズレた批評を繰り返す。Pさんは、私がT社の製品を過剰に評価、弁護したように感じて、それが気に障ったのかも知れないとも思った。

  ……その後しばらくしてPさんの話を聞いていた私は、思わず呆れた。
  Pさんは、T社製M41のプラモデルを作ったことがないばかりか、T社の発売している他のプラモも、ほとんど作ったことがなかったのである!
  それでもPさんがT社のキットを評価しないのは、懇意にしている人の私見を鵜呑みにしているか、お気に入りのお客さんがT社以外のメーカーをゴヒイキにしていて、それに感化されているからではないかという雰囲気が濃厚だったが、いずれにせよ自分で作ったこともないキットを、そればかりか(例え他人が作ったものであっても)完成品すら目にしたことも無いのに「存在感がない」「プラモとしての面白みが無い」とはよく言ったものである。
  普通の、ちょっとばかり頑固な模型マニアならばともかく、Pさんは模型店の店長で、良質な品を客に提供するのが仕事である。そんな立場にある人が、自分で作ったことの無い、そして完成品も見たことの無いキットを「存在感が無い」と決めて評価してしまうのは、まさに「先入観」「固定観念」の悪影響で、いかがなものかと思ってしまった。ため息が出る。この方は「先入観」や「固定観念」に囚われやすい性格のようで、その商品の真価を誤って判断していることが多いように感じられ、店の雰囲気にもそれが反映され始めたのでどうも居心地が悪くなり、よほど緊急に工作材料等を買う必要に迫られない限り、その店に足を向けることはなくなってしまった。今後の発展を心から楽しみにしていた店だけに、本当に残念だった。

  ――私のつくった映像作品をモチーフにしたサイトがあり、多くはないがいろいろな方が掲示板に書き込みをしてくださるので、出来るだけマメにレスを付けるように心がけている。
  あるとき、知人のZ氏が今後公開される、とある映画のことに触れて、
「どうせつまらない作品だと思うが、どのくらいの駄作に仕上がっているか確かめるつもりで観てくる」
  といった内容の書き込みをしていた。
  私は早速Z氏に、
「私は頻繁にネットサーフィンをやるほうではないから、他の映画・特撮関係のサイトやそれらの掲示板がどのようなスタンスで運営されているかは知らないし、またそれを知ったところで他と同じ方向でやっていこうとは思っていない。うちの掲示板では、どんな映画であろうと、まだ観てもいない作品を先入観だけで判断して駄作呼ばわりすることは絶対に許さないので、今後このような書き込みは遠慮していただきたい。もしも駄作と書くならば、観た後にしていただきたい」
  ……といった内容の私信メールを送った。
  熱心な映画ファンならば、その作品の脚本家や監督、俳優の名前を聞けば、だいたいどのようなものになるかは見当がつくこともある。それは私も充分承知しているのだが、それでもひとつのエチケットとして「何かを批評するならば、先入観に囚われずに現物をキチンと自分の目で確かめてからにしてほしい」という考え方を、せめて自分の作品のサイトの中だけででも貫いておきたかったのである。
  少し強い口調で書いてしまったので、必要以上にZ氏の気分を損ねてしまったかも知れないと気になっていたが、Z氏は映画好きというよりも、映画と映画つくりを心から愛している熱心な人物で、すぐに彼らしい丁寧な返事をくれた。それには私の私信の内容を充分に理解してくれたうえで、本人としてもチョット筆が滑ったので今後は注意するといったことが真摯な文体で書かれていて、私は安堵した。

  仕事柄、私自身も先入観を持って人柄まで見られてしまうことがある。いわゆる「ギョーカイ人」というやつだ。また「ビデオ作品を撮ってます」と言うと、三割くらいの方はアダルトビデオがまずは頭に浮かぶらしい。そんな時は「残念ながら色っぽい仕事はぜんぜんなくて……」と冗談まじりで否定することにしている。
  「監督」という職種もなかなか説明が難しい。多くの方の持つ監督のイメージは、ハンチングキャップを被ってハンドスピーカーを持ち、とにかく現場で「スタート!」と言っている人物ということになるらしく、非常に高い確率で「カントクって何する人なの?」という質問を受ける。あまりにこの質問が多いので「監督業解説パンフレット」でも作ろうかと思ったほどだ。

  日常の生活の中で「固定観念」「先入観」からくる誤解を解かねばならない機会の多い私は、そういったことに神経質になりすぎているのかも知れない。どんな人だって何かの対象に関しての「固定観念」「先入観」はあるものだ。それが無い人は神様くらいのものだろう。本当にいればの話だが。
  それでも、仕事と趣味の両面にわたって「何かをつくらなければならない」「何かを分析しなければならない」という問題に直面することの多い私は、出来るだけ自分の目で確かめ、本質を充分理解したうえで行動したいと考えている。実際のところそうそうウマクいくわけもなく、自戒の意味も多分に含まれているのだが……。

(文責:宮本 拓 200107)