"味覚"



  何が原因なのか不勉強のためよく知らないのだが、皆で「米がない、米がない」と大騒ぎしていた時期があった。
  仕事仲間とよく行っていたステーキ屋は「ゴハンおかわり自由」だったのだが、二杯めを頼むと大きな皿の中央に、ホントにもう情けなるほど少ない白米がチョコンとのっかっていて、同席していた仲間が「おいこりゃなんだっ! 冗談か!」と店員に食ってかかったのを鮮明に覚えている。
  対策としてタイ米が緊急輸入されたわけだが、聞いたところでは、日本がアセッて大量のタイ米を輸入したために今度はタイのほうで米が足りなくなり、しかも日本国内の米不足はほどなく解消されたのでかえってタイ米が余ってしまったというような事態にもなってしまったようで、ナニを漫画みたいなことをやっとるんじゃと思ったものだが、この当時私が意外に思ったのは、周囲の人々のタイ米に対する評判が思ったよりも芳しくないことだった。普通の白米とはやや扱いのコツが違っていたらしいし、味わいも異なっていたが、その風味に馴染めない人がいたようだ。
  うちの親父は歳も歳なので昔気質なところがあり、私は子供の頃から食事に出されたものを残したり、好みが合わずに食べられずにいるとこっぴどく叱られて育ったので、今ではたいていのものが食べられるようになってしまったのだが、その当の親父までもが「タイ米はどうも口に合わん」と平気で言う。

  ところが私はといえば、白米だろうがタイ米だろうが、出されたものはパクパク食べてしまって殊更にマズイとは思わなかった。勿論私にだって普通の米飯とタイ米の違いくらいはわかったが、腹が減っていればタイ米だって2杯も3杯もおかわりした。周囲の「タイ米はどうも……」という声がまったく理解できず、オレの舌はおかしいのか、味覚オンチなのかとひとり首を傾げていた。

  ――ロケなどの無い時期は自宅にこもって様々な原稿をまとめる仕事にとりかかっているのだが、そういうことが数日続くと食事のために外に出るのが面倒になって自炊を始める。
  残念ながら、私は模型は作れても料理は作れない。見た目、いかにもマメに料理などをやりそうだと言われるのだが、食材を焼くか炒めるか程度のことしか出来ない。
  セッカチなもので、準備に30分以上費やす料理などとても作れず、10分もあれば出来るものでないと作らない。こうなるとメニューもキョクタンに限られるわけで、朝昼晩ハムエッグを5日間にわたって食べ続けたこともあったが、食べ飽きたという気持ちはほとんど無かった。
  10数年間一人暮らしをつづけてきて、自分ではたいした料理もしないものだから、いわゆる“食糧難による粗食”とはまったく別の意味での“粗食”に慣れっこになってしまったのだと思う。何でも気にせず食べてしまう。
  反面、誰かから手料理をふるまってもらったりすると、自分でも呆れるほど大喜びしてしまう。
  作り手が女性だとは限らない。私の友達で大変に料理の腕前のいい男がいて、時折仲間を集めて鍋パーティーをやったり、自分で釣ってきた魚を料理してくれたりするのだが、そんなとき……つまり他人の作ったものの御相伴にあずかると、大変満ち足りた気分になってしまう。当然のことながら、自分でつくったものより格段に美味いと思う。
  それを考えるとあながち味覚オンチというわけではなさそうだが、昔つきあっていた女性からは一度、こんなことを言われた。
「美味しいといって食べてくれるのは嬉しいけど、時間がなくてお手軽に作ったものでも手間のかかったものでも、ナンデモカンデモ美味しいって言うから、信じられなくなる」
  ……そう言われても、ウマイものはウマイのだから仕方がない。
  要するに、気持ちの問題だと思うのだ。
  食材が平凡だろうが高級だろうが、ああオレは今、腹が減っている。カラッポの胃の中にこれだけの食料を詰め込むことができる。そのために面倒なのをガマンしてオレは料理を作った。この人は腹ぺこのオレのためにこんなにマメに料理をしてくれている。マズいわけがない……心のどこかで、そんなふうに思ってしまっているのだと思う。自分の単純さに、呆れる。
  尊敬する作家、吉村昭さんがある随筆でこんなことを書いておられた。
「食通といわれる人々は料理に金を惜しまず、料理を口にするとベートーベンのように難しい顔をして味わい、批評する。安くて美味いものを食べたときに嬉しくて笑い出してしまう自分は食通ではない」
  ……美味いだけでなく、安いというのは重要なことだ。私は美味いものを食べると、笑いはしないが、極端にビックリする。

  そんなワケで、私は一時期流行ったグルメ番組というのが大嫌いだった。
  いやいや、普段あまり目にすることのできない料理が見られるということ自体はまったく問題ない。ただその後に出演者が料理について批評するのが大嫌いだった。
  あんな高級なものを一級のシェフに作ってもらっているのに味がどーだこーだどグダグダ言いやがって、出されたものは黙って食やぁいいんだ。出されたものは文句を言わず残さず全部食いやがれ! と、ブラウン管に向かって文句を言う。

  これでは一生グルメにはなれないし、500歳まで生きたって料理番組に出る機会は無さそうだ。

(文責:宮本 拓 200006)