
クルマの運転が好きだ。ミッション車のギアを操ってステアリングを握るのは楽しい。
ところが私は、自慢じゃないが天才的な方向音痴である。都内に住むようになってもう10年以上たっているが、主要幹線道路すら把握していない。そんな私がもっとも尊敬する職業のひとつに「タクシードライバー」がある。的確に道筋を選定し、乗った客を出来るだけ早く、安全に目的地まで送り届ける。時には退屈しのぎの話し相手までこなす。これは、難しい仕事である。
中には、本当に親切なドライバー氏もいて、そんな方と巡り会うと田舎者の私は都会も捨てたもんじゃないなぁなどと思ってしまう。
あるとき、客待ちをしていたタクシーに乗り込み、行き先を告げると、ドライバー氏は
「あ、俺◯×時でアガリだからそこまで行くと……ちょっと待ってくださいネ」
と言って車から飛び降り、後続のタクシーのドライバーに話しかけると戻ってきて、
「お客さん、後ろのヤツが行ってくれるって。本当にワガママ言って申し訳ないんですが、後ろのにお乗り換えいただけますか」
と、申し訳なさそうに言った。
また、別のドライバー氏は、タクシーに乗るようになってあまり時間が経ってないらしく、途中で道がわからなくなってしまった。氏は交番を見つける度に料金メーターを止めて警察官に道を尋ね、何度も何度も、
「お客様、時間は大丈夫ですか?」
と聞きながら道を急いだ。目的地に着くと深々と頭を下げ、
「無事に着いてホッとしました。料金はこれだけで……」
と、小銭を受け取ろうとしなかった。
こういった方々に出会うと、ああ、プロとしての矜持を持って仕事をされているんだなぁと思ってしまう。
その反面、どう理解していいか解らない事態にも時折出くわす。
乗車拒否である。いや、この場合「無視」といったほうがいいのだろうか。
道ばたでタクシーに乗ろうと手を挙げる。タクシーは速度を落とすことなく、走り去る。
あの虚しさといったら、ない。
私が、見えていないわけではない。私は身長が184センチほどあり、しかも自分も運転するのでドライバーの視界はおおかた把握しているつもりで、見えやすい場所に立つようにしている。また、自分が運転した時の経験も踏まえて、例えば道幅がやや広くなっているとか、後続車の邪魔にならぬよう止まれる場所を選んで立つようにしている。勿論「回送」等の表示を出している車には手を挙げないし、「空車」かどうか見極めるくらいのことはしている。
それでも、止まってくれない車がある。
中には、道ばたで手を挙げている私に対して軽く手を挙げ、会釈をして「止まれません、すみません」といった意思表示をするドライバーの方もいる。そんな場合は、理由はどうあれ、ああ今は何か止まれない事情があるのだなと理解して諦める。
問題は、どう考えても私を視界に捉えておきながら、「空車」の表示を出したまま走り去るタクシーを見たときである。
そんな時は、もしかしたら自分はひどく粗末な服装をしていて、乗せたら最後、料金を払わぬような男とか、人相が悪くて凶悪犯罪の指名手配犯人にでも見えているのではないかと、悲しい気分になってしまう。
「Open」の札が下がった、明らかに開店している店に入ってレジに座っている店主に「◯△の品物はありますか?」と聞いたら、まったく無視される。目の前にいるのに、
無視される……そんな気分である。
――先に書いたとおり、私は基本的にはタクシードライバーの方々を尊敬している。しかし、乗車拒否・無視だけはどうにも理解できない。あれは、何か特別な理由とか、タクシー会社の「このようなときには止まってはならない」という“決まり事”があるのだろうか? しかしその場合は、少なくとも「空車」の表示は取り下げておくべきではなかろうか。社会全般に言えることだが、その職種の方にしか解らぬ決まり事というものはけっこうあって、聞いてみると「ああ、なるほど!」と思うものである。タクシーの乗車拒否は私のそんな素朴な疑問のひとつである。いつか何かの機会に、タクシー会社の方にうかがってみたいものだ。
(文責:宮本 拓 200103)